IE9ピン留め
―― 内田 樹「最終講義――生き延びるための六講」―― 5/8
 鳩山さんに向かって、沖縄の米軍司令官がきっとこう言ったと僕は思うんです。
「総理、核抑止力というのは心理ゲームなんですよ。ここに核があるというふうに中国や北朝鮮やロシアに思わせておくと、経費ゼロで抑止力だけが効くんです。でも、ここで僕らが基地を撤収しちゃったら、核兵器がないことがみんなにわかっちゃうでしょう。わかったら意味ないじゃないですか!必死になって日本国民が『基地なんかいらない』と言っているのに、アメリカが『いやだ、出ていかない!』と突っぱねてると、周りの国は『あれだけ渋るということは、やっぱり沖縄の米軍基地には核兵器あるんだ』って思うでしょう。そういうもんなんですよ。総理、戦争は頭でやるもんなんですよ」
 そういう説明をされた鳩山さんは「はあ、そうだったんですか。ややこしいんですね、世の中の仕組みは」「そりゃもう、ややこしいんですよ、軍事というのは」というような話をして、「なるほど、勉強が足りませんでした」と記者会見でぽろりと言ってしまった。記者の方も勉強が足りないから、その意味がわからなくて、「なんだ、総理は『抑止力』の意味も知らなかったのか」と思って罵声を浴びせた。そういうことじゃないかなと思うんですけどね。
# by suqule | 2012-02-02 03:41
―― 内田 樹「最終講義――生き延びるための六講」―― 4/8
 だから、何らかの国際機関か、あるいは第三国に周旋してもらう他ない。
 では、どこに周旋してもらうかといえば、これはもうEUかアメリカか中国しかありません。EUは日本の北方領土の主権を認めています。2005年の7月に、「北方四島は日本に返しなさい」という提案をロシアに向かって出しているんです。
 僕は知らなかったんですけど、ウィキペディアによれば、当時の日本のメディアはこれを報道しなかったそうです。読売新聞だけが報道した。でも、他の新聞は報道しなかった。どうしてこんな大事なことを日本のメディアは報道しなかったんでしょう。僕はこれに興味があります。
 国際社会が日本の北方領土についての主張を支持しているということが広く知られると何が起きるでしょう。もちろん「じゃあEUか中国に周旋を頼んで、北方領土問題を解決してもらおう」という世論がわき上がります。たぶん。でも、それは困るんですよ。誰が困るかというと、そりゃもちろんアメリカが困る。
 アメリカとしては「この問題を解決する時の周旋役」というポジションを手放すわけにはいかない。自分以外の国が出てきて、北方領土問題に決着をつけてしまっては困る。だって、アメリカからすれば「西太平洋はうちの裏庭」なんだから。この問題は俺がやるというのが、アメリカの言い分なんです。
 でも、アメリカは北方領土問題に首を突っ込めない。絶対に。
 なぜかというと、北方領土問題というのは、戦勝国による敗戦国の領土の不法占拠だからです。ということは、「不法占拠している領土を返しなさい」という主張をアメリカが掲げて、北方領土問題が解決されたとき、ロシアはまったく同じ言葉を句読点までそのままにアメリカに突き返すことになる。「わかった。北方領土返すよ。その代わり、おまえも『南方領土』返せよ」
 というのは、戦勝国が敗戦国の国土の一部を不法占拠しているもうひとつの「南方領土問題」というのがあって、それが沖縄問題だからです。
# by suqule | 2012-02-01 04:38
―― 内田 樹「最終講義――生き延びるための六講」―― 3/8
 僕が仏文の世界に入ろうと決めたのは1960年代なかばのことですが、それは60年代のフランスという国の知的生産力がすごく高かったからです。サルトル、カミュ、レヴィ=ストロース、ラカン、フーコー、デリダ、バルト、レヴィナス……、その後20世紀後半の人文科学を支配することになる知的達成のほとんど全部がフランスから発信されていた。文字通り輝いていた。日本の仏文学者もそれを映し出して輝いていた。きらきらしていた。どうして子どもにそれがわかるかというと、彼らがきちんと中学生、高校生の方を向いて書いていたからです。桑原武夫はまっすぐ中学生、高校生に向かって語りかけていた。「私たちの世代でやるだけのことはやっておく。あとは君たちに継承して欲しい。自分たちが泥をかぶる。君たちは私たちが切り開いた道をさらに先に進みなさい」というメッセージがしっかり子どもたちにも伝わっていたと思います。学知の最先端にいる学者が、絶えず後ろを振り返りながら、「皆ちゃんと来ているかい、ちゃんとついて来ているかい」と山の道案内人みたいにどんどん先を進む。先に進み過ぎたら、立ち止まって後から来るのを待っている。そういう感じが子どもだった僕にもわかったんです。そのフロントランナーたちの頑健な足取りやプロらしい装備や後進のものへの気遣いを見て、「かっこいい」と思ったんです。だから、僕も仏文学者に憧れた。
# by suqule | 2012-01-30 03:36
―― 内田 樹「最終講義――生き延びるための六講」―― 2/8
 私はもともと反抗的な性情で、年長の人たちから認められて、気遣ってもらうというような経験がまったくありませんでしたので、本学で優しい諸先輩方に出会えたことは思いがけない喜びでありました。
# by suqule | 2012-01-27 03:17
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